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自分ではなく誰か、何かのための作品

踊りを発表するのに個人的な感情は必要かどうか、そんなことを今日は考えていた。誰かのために作る、誰かのための作品。「想いを形に」と言われたことがある。その想いは誰に、何に対しての想いであるのか。例えば、恩師に、家族に、恋人に、好きな人に、お世話になったあの人、評価してくれるあの人賞を取りたいから、あの人に負けたくないから、舞踏を踊っている人と話すと恩師への想いが根強く、ケンカしてしまう程、譲れないこ...

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囚われるということが、本当に不自由なことなのに

オカザキ恭和さん主催『藝とスープ』参加させて頂きました。場所:yahiro 8撮影:畠山さん写真はありませんが、お客様も一緒に、私の振り付けを踊って頂きました。誠に有難うございました。囚われるということが、本当に不自由なことなのに拘りとか、大事なものとか、呼べるようなものならまだしも好き好んで不安をなくしたくて囚われている時があり、その不安が自分でも気づかないぐらいに本来の自分を見失うような渦を巻いて体も...

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何もかも変わってしまったあの思い出

私が求めていたものはいつだって変わらない。踊りをしていきたいだけ。みんな変わってしまった。あのときのように、あの仲間であの風景を見ることはできない。またあの頃の物を手に入れたいとは思わないけれど、仲間や協力者を求めているのは事実で、これから私は、周囲の理解を超えた所で、私ではないもっと何か理想になりえる体や空間を手に入れないといけないのだと思う。やっと新しい名刺ができた。HPも更新したい。まだまだ向...

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A happy new year 2015.

A happy new year.Much peace, love and joy to you all in 2015.謹んで新年のお祝辞を申し上げます旧年中はひとかたならぬご厚情を賜り、誠にありがとうございました。本年も相変わらず、よろしくお願いいたします。皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます。只今、リゾートバイトの熱海から帰路。本日は舞踏駅伝に「栗山美ゆき with 田楽ベジタブルズ」として参加させて頂きます。ちょっとまだ実験段階ですが、今後もずっと実...

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記憶の糸

時間が経つにつれて、物の見方も価値観も変わる。今まで重要だと思ってきたものが数か月後には私にとって何の価値もなくなってしまっていたり、社会において何の意味も持たなくなってしまったりすることがある。パソコン、モバイルの情報量によって本当なのか嘘なのかの真偽を問う暇もなく、次々と新しい情報が流れてくる。今まで以上にその情報に対する認知のスピードと理解力が社会において必要とされてきているような気がする。...