ネットや動画の配信の仕方

南阿豆ブログを始めて、はや6年目になろうとしてますが、インターネットというのは始め大学の教授などの間から始まった情報交換ツールで、これらによってコミュニケーションを取ったり、商売をしたりというのは当初考えてなかったということを始めて知りました。あくまで文章によって伝わる新しい有効で最良な情報のみを交換するツールだったというと顔が見えなくても、その書いた人の情報がなくても、誰にでも伝わる内容であったから成り立っていたということが理解できる。

なぜネット上の付き合いばかりしていてはダメなの?と聞かれて、リアルな感覚がなくなってしまうから、とは答えられていたけど、実際はもっと深刻で孤立性なんですよね。趣味の合う仲間と出会えるというのは趣味の合わない人と接さなくなるということだし、世界が更に狭くなっていく…という。それにこのネットの世界の使い方を間違って、炎上してしまったり、ケンカしてしまうのなんてよくあることだし、こんな身近にあるものだからこそ、使い方をもっとちゃんと知るべきじゃないかとも思いました。

討論したり、話し合ったりするのは本当に難しい。
コミュニケーションを取るためのきっかけを作るぐらいのことでいいのではと思います。
でも、言葉の力って強いから時に、深い関わりをしていると思ってしまうんですよね。
全くそうでないとも言えないと思いますが、

メールも使い方を誤っている人がたまにいますが、手紙とも違うし。
石井みどりさんの本に「私は言葉が嫌い」 という内容がありましたが、
私も踊りが好きなのはやはりウソがないからだと思います。

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Comment

  • 2011/08/05 (Fri) 09:11
    たちつてと #rTkf6Mkk - URL
    No title

    「踊りが好きなのはうそがないから…。」
    たしかに!
    南さんの影響で踊りのまねごとなどを始めて一年足らず。
    うそがないから救われもするし、落ち込みもします。
    これほど心と直結している表現て他にはないと思います。

    踊りが好きなのは(言葉とちがって)ウソがないから。
              (上のかっこ↑が見当違いなら申しわけない。)

    ウソをつくのは言葉ではなく人です。
    言葉はウソをつく人間のツールに過ぎません。

    ウソをつくためのツールは他にもあります。
    行ない、とか、装い、とか。

    つまり、
    ウソをつく人は主に言葉を利用しますが、
    場合によっては他の手段も用いるということ。

    踊りにだってあるでしょう。ウソの踊り。
    絵にもありますよ。ウソ臭い絵。

    もちろん、見てすぐにばれますが(笑)。
    だから、踊りではウソがつけない。
    で結局、
    南さんの言われた、「踊りにはウソがない」に無事もどってきました。

    そう、南さんの踊りにはウソがない。

  • 2011/08/06 (Sat) 14:05
    南 阿豆 #- - URL
    Re: タイトルなし

    > たちつてとさん!やはり踊りがピッタリあっているんですね☆ バレバレだから、もう笑っちゃうしかないですね。見せておいて、そんなところまで見ないで…なんて言いたくなったり。ごまかそうとした一瞬の心の動揺も垂れた汗も気配まで。こわ~い、こわ~い。ソロ公演楽しみにしてます♪

  • 2011/08/09 (Tue) 05:37
    # -
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