ダンサーとして生きていくこと

私は創作しながらお金を稼げる仕事、グラフィックデザインの仕事を生業とすることを選んだ。徹夜して3日間家に帰れなかったこともあってストレスで全身に蕁麻疹が出たこともあった。いつになったら一人前になれるんだろうとたった3、4年しか働いていないのに、農業機器のパンフレットとかトイザらスのPOPとかを作りながら不平不満ばかりが募ってこんなことで一生を終えていいのかと何ども問うた。あの頃の悔しい想いとは違うけれど、どんなに踊っても生業にできなくて、生業どころか赤字になってしまう踊りに対してそれでも生きる為に踊るという矛盾した関係性の中で、やはり何ども生業としているデザインの仕事に対して、恨みのような(多くの時間をこっちに費やして、体力や精神が無理を承知で、最悪の場合もあったりして)何で踊っているんだろう、ってそんなくだらないことを悔しい気持ちで心で何度叫んだんだろう。最近気づいたけれど、私は結局、もしかしたら2年間地元でフリーターでお金を貯めてデザインの学校に通って、何とか引っかかった就職先に2時間半かけてでも通ったあの自分を踊りをすることで否定したくなかったのかも知れないって。私は仕事が好きだ。自分が作ったものでお給料がもらえ、人の輪や知識、経験が広がることに喜びを感じる。さて、今はどうだ。自分の作ったものでお給料はもらえなくて、人の輪、知識、経験は広げることはできる。お金がなくて、それ以外のものが広がったとしてどうやって生きていけるんだ。それともそれ以外のものの広げ方がまだまだ中途半端と言われれば、始めるのも遅かったし、一日のうちでそれができる時間は本当に限られている。

デザインを選んだあの時のように、ある程度妥協して、作品以外に踊りで何かお金を貰えることを考えなければいけないのかも知れない。

今日はバイト先の部署の忘年会でした。バイト先には本当にお世話になってしまっている。私の事情をくんでくれる親切な周囲の人たち。踊りながらどうやってお金を稼ぐかを考えるとブラックホールに入ってしまう。そんなことをしなくて済むのも今のバイト先があるから。本当に有難い。でもいつか踊りだけで生活していきたい、そう思って何年経ったんだろう。いつかを今に変える努力はきちんとできているのだろうか、最近、すごく考える。

とりあえず、3月には通信教育の美大を卒業する為のことだけを考えている。大学の勉強は、踊りをしながらの生活になってからすっかり苦痛になってしまったけど、とても為になっていることは間違いない。その実感は十分にある。そのお陰で茨城県阿見町にある聾学校には私の60号の向日葵の絵が飾ってあるだろうし、多少だけど教壇に立って指導内容の説明なんかもさせて頂いた。卒業したらどうする?ってまだ卒業できてないのに、ふと考えてしまう。

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先生に自分でどこが面白く描けてるのか、分かってないのが心配だと言われた。モチーフをそのまま見て描いて、面白い場所を潰してしまうぐらいなら見ない方がいいと言われた。踊りだってそうだよね。先生に着いたり、型を真似したりして、その人らしさがなくなってしまうならやらない方がいい。でも大概の人は、そんなに強く賢くないから何かに捕まらないわけにもいかない。先生に教わっても、型をやっても自分らしさを見失わないように、大切にしていなかいといけない。踊りならできるのになぁ。

最後に「KORA KORA」というミュージシャンのライブに行った時の写真。
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みんな精一杯生きているんだよね。分かりすぎて心が痛いよ。

なんかラジコでトレイントレインかかってて泣けてきた。
明日も仕事だからそろそろ寝ないとね。
お休みなさい。





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