記憶の糸

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時間が経つにつれて、物の見方も価値観も変わる。
今まで重要だと思ってきたものが数か月後には私にとって何の価値もなくなってしまっていたり、社会において何の意味も持たなくなってしまったりすることがある。パソコン、モバイルの情報量によって本当なのか嘘なのかの真偽を問う暇もなく、次々と新しい情報が流れてくる。今まで以上にその情報に対する認知のスピードと理解力が社会において必要とされてきているような気がする。あとはうまく捨てていくセンス。社会においていかれる、というレベルではなく、その流れにのっている人とそうでない人で大きく別れてしまっていて、分裂してしまっていることに対して、それをどうにかしようという流れ、いわゆるお節介な人やサービス精神旺盛な人も足りない、間に合わないぐらい、何か枯渇しているものを感じます。

記憶というものを最近良く考えます。
私には2通りの記憶があって、1つは頭の中に残っている記憶。
これは、私が書く日記によってどれくらいの期間で薄れていくのか。衝撃的なことがあると、それに対して忘れる、覚えているというのをどう捉えていくのか、検証してますが、思いがけないことをずっと何度も思い出したりして覚えていたりして、例えば、短大時代の友達が一番行きたかったアパレル会社に就職できなくて、私に「私は無理だったけど、諦めないでね!」と言ったこととか。

もう一つは体の記憶。
これは本当に凄い。何が凄いって、私の頭の記憶よりもずっと正直で記憶力に間違いがない。変な言い方をすれば、嘘は絶対つけないのです。体験したこと、受けたワークショップ、歓喜、失敗したこと、全部残っている。小さい頃にふざけてやったブリッジ、捻挫した左の足首、ショートスキーで体感したスピード。全部残っている。他人の体を見てもそれが分かる。スカーティッシュの公演を2年ぐらいかけて3回やったので、今、体に何が残っているのか、良く感じます。ただ、お蔭さまで運動神経が良くなってしまって、この歳になって新しい自分に過去が上書きがされていっている。今日は公園でバレーボールをしましたが、今まで拾えなかった玉が拾えるという違和感。私は小さい頃、運動神経が悪いのではなくて、運動が嫌いで良くなろうとしなかっただけでした。これから私の体の記憶は、どんどん更新していくことにする。

とあるアートプロジェクトの下見に行ってきました。
大風の中、川の土手をサイクリング!気持ちよかった。

それと、明日とある劇場の下見に行ってきます。
よりによって今月から値上げしているという驚愕の事実、涙。
まだどちらもどうなるか分かりませんが、
仕事との両立ができない…なんて、尻込みせずに進めていこうと思います。

年末年始、沢山の舞台のお誘いを頂いておりますが、行けないことが多いです。
申し訳ありません。年末年始のお休みは熱海の旅館で働いてきますので、こちらのお誘いも年明け、少し経ってからお会いしましょう。
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